お蕎麦屋さんでカレー蕎麦を頼む。
するとお店のおばさんが、
白いハンドタオルを差し出してきた。
「はねたら取れなくなっちゃうでしょ」
私は白いシャツを着ていたのだ。
ちょうど「あ、今日は白いシャツだった。失敗したな」
と思っていた矢先に差し出されたタオルだった。
そのお店は、そういうサービスをする”決まり”があるわけではない。
たまたま私が白いシャツを着ているのに気がついて、
おばさんが想像を働かせて持ってきてれたのだった。
あ、仕事ってそういうことなのかな。
ふとそう思った。
ある深夜。
お酒を一滴も飲んでいなかったのに、電車を寝過ごした。
終電は、酔っぱらいや変な人が多く、
仕事で疲れていたところ、さらに疲れが増していた。
あーあ、ついてない。
そんな気持ちでタクシーに乗り込んだ。
その瞬間、女性のやさしい声がした。
「どうもお疲れ様でした」
えっ? どこからきた言葉? 意表をつかれた。
男性のドライバーだと思いこんでいたが、
運転席にいたのは女性だった。
しかも思いもよらないタイミングで
降ってきたやさしい言葉。
柔らかい落ち着いた声。
50才過ぎの女性だろうか。
私の母親くらいの年齢かもしれない。
この女性はどうしてこの時間ドライバーを
しているんだろう。子供はいるのかな。
それにしてもなんて美しい声。
深夜タクシーに乗って、いままで
「お疲れ様です」なんて言葉を
一度でも言われたことがあっただろうか。
言葉には、やはり力がある。
「お疲れ様です」
他人の、突然舞い降りてきたその言葉で、
一日の疲れなんて吹っ飛んでいた。
どんな仕事でも、
その最終目的はきっと、
誰かを何らかの形で幸せにする、ということ。
私も頑張らなきゃ。
明日も頑張ろう。
そんな風に思えた出会いが
一日の最後にあると、とても嬉しい。